居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
今日は台風だそうで、ひさしぶりに雨が降っているなぁと思いました。
5月から育てているミニトマトの実の付きが悪くなってきたので、摘心して水耕栽培に移行できないか模索中です。
はてさて、お題にしました。
「お片付けが必要な人、モノが捨てられない方へ」
についてです。
来週、親子向け工作のワークショップの際、宣伝で配るチラシを作成しておりまして、
誰が見ても整理収納・家事代行のチラシ。とわかる、わかりやすい、見やすいチラシを模索しながら作り進めています。そもそも整理収納アドバイザーという言葉や一体何をしている人なのかという認識もまばらなもので、なんとか必要な人にその情報が届いたらいいなぁとおもっております。
では、それが必要な人とは?
お片付けしたいのにできない人、もっと使いやすい収納にしたい人、タイミング的に引っ越し・出産など生活の変化と共にモノの移動な発生する人、モノが捨てられず困っている人、などなどいらっしゃるかと思います。
今はたくさん情報発信をしている人も多いので、自分から情報を取りに行かなくても検索履歴からそれらの情報が舞い込んでくることも多いですよね。
ただ、それらの情報は断片的で、お片付けそのもの、基本的なところの発信は見た記憶がありません。
以前にお伝えいたしましたが、お片付け・収納とは
モノが使いたい時に使いたい状態にあり、且つその場所に戻しやすいこと。
これが理想であります。これを基本と言い切りたいところでしたが、言い切れませんでしたw
その基本を達成するには限られた収納スペースでモノは取捨選択され、厳選されたモノを使いいやすくしまう・収める。ということが必要になります。
そのプロセスをアドバイスするのが『整理収納アドバイザー』です。
モノに対する価値観も時代によって変化しておりますが、
現代は簡単にモノが手に入り、若い方たちは捨てることに躊躇しない。ということを耳にしたこともあります。
逆にモノを大事にする年配の人たちは時代背景として、モノを手に入れることに苦労したため、簡単には捨てられない。という世代間でモノに対する価値観も違いますよね。
そういったモノの出入りなどもヒアリングし、どういった事が原因で片付かないのか。それの根本原因を探り、お片付けが可能になる状況へ変化を促すというのもアドバイザーの役割です。
私個人としては、モノとの向き合い方を経て、価値観が変わり、モノが減ったことと比例して、心も思考も軽くフレキシブルに人生が楽しめるようになりました。
モノが作り出す景色、空間は無意識にも持ち主が作る創造物です。
自分の人生を能動的に生きる、目一杯謳歌するお手伝いをさせて頂きたいと思っています。
ただ今、無料オンラインモニター様を募集中です。
30分間オンラインでお片付けの基本レッスンをさせて頂いております。
基本レッスンでは誰もおしえてくれない、お片付けの基礎の基礎をお伝えし、実際にお片付けをしていただきます。
どこから手をつけていいかわからない、モノが捨てられない、なにをどうしていいかわからない、お片付けに限らずお悩み事がある方、お片付けをすることでそのお悩み解消の糸口になりますよ♪
ぜひこの機会にご相談いただければとおもいます。
ご興味のある方はぜひメッセージをお待ちしております。
【思考】インナーチャイルドが及ぼす影響、ノーが言えない大人たち
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
アラフォー ゾの目の8月が終わり、9月が始まりましたね。
今月もどうぞよろしくお願いいたします。
『インナーチャイルド』という言葉をご存じでしょうか。
直訳すると内なる子供、ざっとご説明しますと、子供の頃の傷ついた経験などが大人になって影響を及ぼす。というようなことです。
トラウマとか潜在意識とも似ていますね。
私がインナーチャイルドを知ったのはもう6,7年前だった記憶です。その頃、占いの世界に足をつっこみ、インナーチャイルドや潜在意識など、見えない影響についてたくさん学び、仲間たちとディスカッションしたのはとてもいい思い出です。
元来、左脳優位で見えない世界とか感覚とか、そういったものに対する意識は皆無で生きてきた私でしたが、占いの世界に入る前、寝たきり、歩行困難など日常生活が難しい状態になり、その辺りから色んなご縁で自分の感覚や潜在的なものに目を向けるようになりました。
皆さんは感覚を思考でごまかしてしまうことってないですか?
私はあります、そしてそれに苦しむこともあります。
例えば、行っても行かなくてもいい飲み会。
選択肢はふたつ、①行く ②行かない
どちらを選んでもいいわけです。
前提条件として気が進まない。と仮定した時に選択する答えは②行かない。
でいいわけです。
結果行かないにしても、行きたくない事に悩む。理由を言わなければ、などなど、こうゆう時間ってものすごくストレスですよね。
もうこんなに悩んでストレスならいっそ悩まず行くことを選択した方がましなのでは、とすら思ってしまいます。
こういった選択の自由があるにも関わらず、ストレートに答えを出せない、ノーと言えない、それはなぜでしょうか?
行かない事で被る不利益を天秤にかけることもあるとおもいます。気は進まないけど、一緒に飲みたい人が参加する。理由は様々です。
本当に行きたくないのに悩む。ノーと言う事にもストレスを感じる。
私の場合は、ノーと言えない。言いにくいという自覚があります。
そんな私は小さな頃、全く手のかからない子でした。周りの空気を読むし、言われずとして動く、人の助けを借りずとも色んな事ができる子。だったそうです。
いわゆる育てやすい子ですね。
そんな私は0歳から保育園に預けられ、親は共働き、2歳下の弟がいます。
大人しいながらも感受性の強い子で、少ない記憶の断片を辿るとすごく臆病なところがありました。保育園から幼稚園に転園してからも祖父母が母親がわり、今思うと母親は父親よりも帰宅時間が遅い事もあり、今でいう育児的な事はほとんどしていないという記憶です。
ですから、人に頼る事も甘えることも知りません。コミュニケーションをとった記憶すらありません。そして私は何でも一人でやらざるを得ない状況下にあったので、大人から見るに育てやすい子へと成長していったのです。
卵が先かにわとりが先かという話ですが、この場合にわとりが先のように思います。
親の育てに対して子が育つ。
ただ、育てやすい子がいい子。というのは育てる側の都合に置いての話で、当人にとっていいか。というのは全く別の話。と今は思っています。
私も40代のゾロ目年。色んな事に寛容になる器も出来上がってきたものの、未だインナーチャイルドからくる反射の意識にすごく手を焼いています。
それは幼少期に我慢という意識すらなく、色んな感情を吐き出せなかった事に通じているのかな。と思います。今はそういう自分も自分と思ってはいますが、本当に厄介なもので私のインナーチャイルドはいつもふいに現れる事故現場のようなものです。
占い師をしている時に自分よりも年配の人のご相談をお伺いすることも多々ありました。年齢的には人生をとうに折り返している年齢の方々でもこのインナーチャイルドに足を掬われている方が少なくありませんでした。
何か行き詰った時のアプローチは過去を変えようとすることではなく、起きた物事へ多角的な視点を持ってみる。そして、苦手を克服するではなく、得意をのばすように自分の好きな事で世界を、視野を広げる。そして人との関りの中で自分を成長させることで捉え方も変化していくのではないかと思います。
つまりは愛情ですね。
ストレートに人の愛情を受け取る事も未だ難しい状況ではありますが、雪解けのようにだんだん心もほぐれ、人の心の傷を理解し、頂いた施しをお返ししていきたいと思う次第です。
【思考】話す事、会話することは自己表現。会話の速度から見えること。
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
先日、ラジオ配信を始めてみようと録音を試みました。
自分の声って普段誰の声よりも耳にしているはずなのに、録音したものを聴くとすごく耳慣れない感じがしますよね。
昔は自分の声を聴いた時に受け入れがたい気持ちに駆られた記憶があります。
まぁそれも昔の事、今はこんなもの、という感じで受けれています。
と思っていたのですが、
声・話し方はいいとして、速度が遅すぎる問題が勃発してしまいました。私は音声で聞き流せるyoutubeがすきで良く流しています。
映像を観る仕様になっているものはわりとゆっくり話してくれていいのですが、音声のみとなると速度とテンポがいいものがいいなぁと思っています。
ただ、私はだいぶ話す速度が遅いんです。テンポが悪いわけではないのですが、落ち着いて話す。という感じです。対話としては悪くないのですが、一人語りはちょっと無理かなぁと言うのが今の感想です。
音読は得意なので台本を作るなど、事前準備があればだいぶ速度を上げてテンポよく話せるかなと思っています。
そこで、なぜ私が話すのが遅いのか?
と考えてみました。
理由1.話す事、会話・対話する事がすき、だから大事にしたい。
私はいわゆるていねいな暮らしをしている人間です。自分の中では合理的・効率化を図っていますが、お友達からはすごく手をかけてていねいに暮らしている。とよく言われます。話すことも聞く事もそのていねいな価値観のため、大事にしているのかなぁと思います。
理由2.理由1の派生ですが、相手に言葉を届けようとした時、言葉に自分の想いを乗せようとした時、想いを届けるための思考と工程が増えます。言葉を選ぶことにそこまで時間を要するわけではないですが、自分が一方的に話して終わり、という感じになれない。
逆を返すと、周りのお友達が足早に話している時、正直歯切れも悪いし、何を言ってるのか聞き取れない事があります。それでも良くて流すこともありますが、その人たちの動向を伺っていると、こちらに理解してほしいという気持ちより、自分が話したい、自分の想いを吐き出したい、そんな気持ちの方が強く感じられます。
自分の発した言葉を相手がどう受け取るかは相手次第ですが、自分がどうゆう体で話すか。ということに尽きるように思いました。
いつも落ち着いて話す私ですが、ストレスが溜まって、ただただ吐き出したい、聞いてほしい。そんな時は少し早口になるんです。少し前ストレスの多い時期はずっと早口だったので、その頃、私は早口の人になったんだと自覚したことがあります。
その事を夫に話すと、夫からはそこまで早口ではないものの、普段よりはやや速くらいの言葉が返ってきました。
そこから鑑みるに人はどういう意図で話すか。という部分が速度として現れる思った次第です。
今日友人と『自己表現』について話しました。ダンスや歌などわかりやすくタイトルがつくものだけが自己表現ではなく、人は生きながらにして自分というものを表出、表現しています。『私は自己表現なんてできない。』という人がいたら、そうゆう表現をしている。ということになります。
つまりは肩の力を抜いて生きたいように生きよう。自分は自分以外にはなれない。
そんな事を思う、8月の最終日です。
【お片付け】衣類の賞味期限
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
朝晩涼しくなり、アパレル界隈では茶色の服がこれでもかと目につくのは私だけでしょうか。
私はお洋服や服飾品がだいすきで、色違い購入は当たり前、サンダルを3色買いしたこともあります。ただ色違いで買っても使用頻度には差がありますね…
下の子を産んだ7年前、所有している服は多かったですが、着ている服はミニマリストでした。というのも、妊娠糖尿病から産後も糖尿病予備軍と診断され、産前+産後も糖質制限をしておりました。妊娠中も5.6kgほどしか太れず、産後も痩せていたこともあり、デニムにTシャツなどシンプルな服装が似合ったし、育児もあったのでそれで事足りていたんですね。
それが幼稚園のプレ保育がはじまり、人と会う機会が増えると洋服の量が膨れ上がりました。すてき、きれい、かわいい。と褒められるといい気分だったし、もっと褒められたいと思っていたのだと思います。
この服を着ていれば褒められる。という刷り込みもあったようにおもいます。
私はクローゼットを一枚の絵のようにとらえていて、日々眺めています。
写真を撮っていない事が悔やまれますが、最近はモノトーン、コットン、麻の服が多いです。以前は化成で柄物もわりとありましたが、メイクもあまりしなくなってシンプルな服を着る事が増えました。
そしてお題の服の賞味期限。についてですが、
皆さんどのようにお考えでしょうか?
私は毎シーズンお洋服を買っています。流行りものに弱かったり、体型を気にしたり、きれいに魅せたかったり、昔ほどではないものの日々試行錯誤、常々洋服もチェックしています。
ただ、新しい洋服を買うのはいいとして、既存の服たちは?
ところてん方式ではないので新しい服を買っても既存の服が自動的にどこかにいくわけではありません。
1着買って、1着手放す。ということをルールにされている方もいらっしゃいますよね。
そう言った方は管理能力が長けていて、色んなところをルール化することで効率化を図っているのだとおもいます。
私はというと、正直所有しているものすべてに気持ちが入っていないというか、衣類の整理は60%程度の完成度なので、ゆるめかもしれません。
ただ手放すルールはありまして、
・人前に着ていけない(使用感・似合わない)
・着ていて違和感がある
・着られない(体型)
と思った服は手離しています。
こんまりメソッドのようにときめくものだけ残す、という厳選された感じではなく
正直ユニフォーム的に安全・惰性で来ている服も所有しています。
着たい服と似合う服は違うので、惰性といいつつもお外着として人への印象が良いものはわりと気がちですね。そうゆう服は似合っていたり、着心地が良かったりはします。
秋服、ブラウンの洋服がほしいと思う最中の昨日、ブラックのセンタープレスデニムとブルーのデニムを購入しました。新しいお洋服もお迎えしたので、春夏物の整理と秋冬の既存服を把握してファッションを楽しんでいきたいと思います。
【お掃除】昨晩からほこりを取り続けています。ほこりの取り方
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
バイオリズムのせいか、昨日から過食、過眠が続いています。
昨晩食べ過ぎたにも関わらず、食べ収めのピザを4カット食べてしまいました…その行いを反省するべく、夜中に食器棚、冷蔵庫上、換気扇上、洗面台上、ブレーカー上など高所のほこり掃除ををしました。
高所の作業をしているのには訳がありまして、先日窓掃除をした際の脚立がまだ1階リビングに置いてあります。いつもは2階にしまっているので、1階に脚立が来たタイミングで高所のお掃除をしてしまおうという作戦です。
以前ほこりを取る。となると、まず掃除機のブラシで吸って、それから洗剤拭きをしていました。ただ、キッチンのほこりは油を含んでいたりして掃除機でもうまく吸えないし、洗剤拭きしてもその後の水拭きが面倒でした。
そして今回は『ほこりを取る』という作業のみをシンプルに行いました。
やり方は至って簡単、乾いた布で拭く。それだけです。
定期的にお掃除をしていることもあって、我が家ではこれで事足りています。
汚れが溜まっているようなら、乾いた布でほこりを取った後、中性洗剤(食器用洗剤)を水で薄めたぞうきんで拭くといいと思います。ぞうきんが面倒なら使い捨てのウェットティッシュや台所掃除用の物でもいいと思います。
お掃除もお片付けも習慣にないものをするのってすごくハードルが高いですよね。
私のハードルの高い事と言えば、説明書を読むのが嫌いで感覚で試しがちです。
昨晩は高所のほこり取りをしましたが、今日は竹でできたプラントラック、植物や小物を飾ってある棚のほこりを取りました。
ほこりは全く目立たないため、放置するととんでもなくほこりが溜まっています。
今日は少しそれが気になったので、古いTシャツを切ってストックしてあるウエスを使ってほこりを取りました。乾いた布で拭いただけなのですが、本当によくほこりが取れます。
そういえば、炊飯器回り、洗濯機周りのほこりも取りました。
洗濯機周りはほこり落としの掃除用具にウエスを巻き付け、輪ゴムで留め、隙間に差し込んでほこりを取りました。おもしろいくらい取れますね。
そんなほこりを取った2日間。からだが重怠い上に食べ過ぎも手伝って、ダラダラと過ごしてしまいましたが、いつもはやらない場所のほこりを取ってきれいになり、部屋全体も明らかにきれいになったので良かったです。
皆さんにもきれいが伝染するよう、微々たる情報ですが、今後もお伝えしていきたいと思っています。
【日記】眠れぬ夜は誰のせい…
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
だいぶ昔、「思い悩むと眠れない。」という話を知人友人から聞いたことがあります。
心配事や気の張る用事があると眠れなくなるのはわかります。
ただ、昔(若い頃)の私は眠れない、と言う事はほぼなかったです。
それがここ数年、眠れない、眠れていない。という事実に気がつきました。
そもそも自覚していないだけで寝言や歯ぎしりの酷かった私は上手に眠るということはあまり得意ではないのかもしれません。
そして、眠れていない事を自覚したきっかけは、むくみ、イライラ、日中の眠気です。
睡眠時間がとれていても身体、頭が休まっていないんですね。
今日この事を話題にしたのは、今日はこれでもかと寝て過ごして
眠る事、休む事の大切さ、からだの違いを感じたからです。
昨日、えんにちイベントで炎天下の屋上で本当に暑い中、お仕事をしてきました。
その緊張と疲れ、昨日は新月だったようでその影響も相まり、疲れが溜まっていたことから2度も昼寝をしてしまいました。
そのおかげで、いつもより体がすっきりしています。
下の子を出産して以降、持病が悪化し、日中起きていられない時期もあったのですが、その頃から日中活動できないことに後ろめたさを感じていました。
みんなは仕事をしたり、子育てをしたり、なにかしらの活動をしているのに、動けない自分はダメな人間。というようなことを思っていたんですね。
元々人の3倍から5倍動けていた自負もあり、動けない自分を受け入れることはできませんでした。
昨年はそんな気持ちを抱えつつ、精力的に無理をして動いてしまい、熱中症にもなり、突然気を失い、救急車のお世話にもなりました。
頭に熱がこもりっぱなしで、いつ倒れてもおかしくない不安を抱えながら夏を過ごした事を記憶しています。
あの頃も全然身体が休まらず、むくみ、ひどい状態でしたね。
今年はその経験から夏の初めに朝ウォーキングで汗をかき、食事もだいぶゆるくですが改善し、熱中症対策に努めました。昨年より仕事もセーブしているので今年はなんとか倒れずに夏を終われそうです。
私のように持病を抱えたり、自律神経のコントロールが必要な人が睡眠をしっかりとるためには、日中の過ごし、仕事量・ストレスなど色々コントロールしていかないといけないということを改めて実感しました。
健康な方と比べて、同じように動けないとだめ、と
自分を視るより、他人と比較していたことに落ち度があったと思います。比べるというより、ないものを求めていた、というべきでしょうか。
がんばればなんとかなると無理をし続けた自負が自分を苦しめてしまっていたんですね。なにかをできるようになるよりも、できない自分を認めることが私にはとても難しかったです。
たくさん寝た新月の翌日、自分の事を改めて大事にしていきたいとおもったアラフォーの夏です。
まだ日中は陽射しの強い日も続きますし、疲れも溜まりますので、本当にたくさん休養をとりながら、移り変わる季節を謳歌していきましょう。
【思考】経過と変化、楽しむ事、楽しめる事は当たり前ではない。
居心地のよい空間づくりアドバイザー りーこです。
我が家には今18歳になるミミとお預かり中のうさぎさんがおります。
いつも、猫がかわいいかうさぎがかわいいか論争を繰り広げております。
うさぎさんはとても人懐こく、いつまででも撫でてほしいタイプです。
猫は気ままで撫でると気持ちよさそうにしたのも束の間、数秒で噛みついてきますw
生き物つながりで行くと、植物を育て、愛でています。
子供が持ち帰った朝顔を日々観察し、変化を子供と共有しているのですが、こんなにも朝顔を観る夏は今後来るのでしょうか。
生きとし生けるものを愛でる余裕のある今週の中で思い出したことがあります。
以前は猫を見てもさほどかわいいと思えない時期がありました。
厳密には今ほど興味も関心もなかったので、上手に飼うということができていなかったと思います。
芸能人の人がテレビで『動物の赤ちゃんの動画にハマっていて、時間があるとみてるんです。』というようなことを言っていて、SNSに流れてくる猫を見ては、これをかわいいと思わなければならない。と強迫観念を感じる事もありました。
かわいいと思えない事がいけないこと、と思っていたんですね。
他にもみんなで共有したことを成しえる際、たのしもう!というやつ、あるじゃないですか。あれが本当にわかりませんでした。これがわかるようになったのはつい最近のことです。
私にとって何かをすることは目的ありきで、物事を遂行する事、着地することがなによりも大事でした。それも一気に山を駆け上るように達成します。ただ、誰かとやるとなると全くそうもいきませんでした。ああでもない、こうでもない、答えをだそうとしない意見が飛び交います。それがとにかくストレスでした。
なので、たのしむなどわからず、ストレスばかり抱えていたんですね。
これについてはわりとここ数年の出来事ですが、かわいいものをかわいいと思えない。
これについては記憶もおぼろげですが、10数年はそんな状態でした、おそらくもっと長いかもしれません。
その間出産もしていますし、猫も飼っていました。まったくかわいいと思わなかったわけではないのですが、心がないといいますか、感想。という言葉が適切かもしれません。海は青い。に似た感じです。
物事を目的と捉えて来たので、なんでも目の前にやることを見つければ人の10倍くらいは平気で努力をしました。なんでもできて当たり前だし、そうゆうものでしょ。そんな感覚です。左脳優位とでもいいましょうか。
そんな状態だと、たのしむ。という抽象的なものを捉える思考は私には皆無でした。
今、時間・こころにゆとりが持てるようになって、はじめて気づいた事です。
今より時間があっても、何かに囚われている時は感じられない事でした。
これも取捨選択ができ、無駄なリソースを使わなくなったからこそ思えたことなのかな。と思っています。